細胞膜に存在する高密度のガングリオシド含有ドメインがアルツハイマー病(AD)の原因タンパク質の1つであるアミロイドßタンパク質(Aß)の集合を促進し、Aßのオリゴマー形成や線維化に関わっていることが知られている。Aßは加齢とともに蓄積するが、Aß蓄積が直接アルツハイマー病の発症につながるわけではない。Aßの蓄積物である老人斑がADの病理学的な所見として見いだされるものの、ADの発症者は軽度認知機能障害(MCI)患者の5割程度にとどまる。
Aßは構造変化を起こして毒性の集合体(オリゴマーもしくは線維)を形成し、神経細胞損傷を引き起こすことがわかっている。Aßの構造変化がどのようにADの発症につながるのかを明らかにすることができれば、治療薬や予防薬の開発につながることが期待できる。これまで我々は、Yanagisawa らが提唱するAD発症機構の1つであるseed仮説[1][2]を検証している。この仮説では、神経細胞のシナプス膜に存在するGM1を含むガングリオシドのドメイン集合体がAßと複合体(ganglioside-bound Aß, GAß)を形成し、Aßの構造変化を起こすとされる。
[1] K. Yanagisawa et al., GM1 ganglioside-bound amyloid beta-protein (Aß): a possible form of preamyloid in Alzheimer's disease, Nat. Med., 1, 1062-1066 (1995). [2] K. Yanagisawa, Pathological significance of ganglioside clusters in Alzheimer's disease, J. Neurochem., 116, 806-812 (2011).
アルツハイマー病患者の脳では顕著にAβの沈着がみられる部位とそうではない部位がある。またAβの集合の促進はGM1などのガングリオシドによってもおきるが、細胞表面のすべてのGM1分子が関わる訳ではない。Aβ集合のきっかけとなるガングリオシドはGAβ複合体であろうが、おそらくガングリオシドクラスターが寄与している。
そこで若齢(4週)および老齢(2年)のマウス脳の海馬を単離し、シナプトソーム(シナプス末端の機能を維持した画分)とGM1クラスター結合性ペプチド(GCBP, ganglioside cluster binding peptide)を相互作用させた。マウスのシナプトソームを単離し、GCBPで標識したところ、4週の若齢マウスと比較して老齢マウスのシナプトソームが有意に認識された(図2)[3]。ガングリオシドクラスターがAβ集合のきっかけとなることが示唆された。また神経細胞PC12のシナプス末端もGCBPで標識することが可能であった。一方、コレラ毒素はGM1に結合するが、クラスターへの特異性はなく、神経細胞全体を標識してしまうことが示された。
[3] N. Yamamoto, T. Matsubara, T. Sato, and K. Yanagisawa, Age-dependent high-density clustering of GM1 ganglioside at presynaptic neuritic terminals promotes amyloid ß-protein fibrillogenesis, Biochim. Biophys. Acta, 1778, 2717-2716 (2008).
老齢マウス脳神経細胞のシナプトソーム(SPS)の脂質成分を単離し、気-水界面単分子膜を利用して再構成した。Aßを相互作用させ、原子間力顕微鏡(AFM)で表面観察したところ、球状のAß集合体(平均直径30 nm)を形成していることが明らかになった(図3a)[4a]。Aß集合体は脂質マイクロドメイン上で形成していた。このドメインはコレラ毒素とganglioside cluster-binding peptide (GCBP)の認識の違いにより、高密度ガングリオシドクラスターであることが明らかになった。高密度ガングリオシドクラスターはAßに感受性があることから、Aß-sensitive ganglioside nanocluster (ASIGN)と名付けた。
マウスシナプス末端のSPS脂質組成をLC-MSで解析し、ガングリオシド種の違いによって神経細胞膜面で誘起されるアミロイドの線維形成が異なることがわかった(図3b)[4b]。ガングリオシドGM1, GM2, GM3などが検出されたが、GM3の存在比がSPS < nSPS(SPSではないフラクション)で大きく異なっており、GM3はAß集合化を抑制する可能性が示唆された。
[4a] T. Matsubara, K. Iijima, N. Yamamoto, K. Yanagisawa, and T. Sato, Density of GM1 in Nanoclusters Is a Critical Factor in the Formation of a Spherical Assembly of Amyloid ß-Protein on Synaptic Plasma Membranes, Langmuir, 29(7), 2258-2264 (2013).
[4b] T. Matsubara, T. Kojima, R. Fukuda, K. Iijma, M. Hirai, N. Yamamoto, K. Yanagisawa, and T. Sato, Responsibility of lipid compositions for the amyloid ß assembly induced by ganglioside nanoclusters in mouse synaptosomal membranes, Polymer J, 50(8), 745-752 (2018).
Aß蓄積を促す異常な高密度ガングリオシドのドメイン構造は神経細胞のシナプス末端の局所的な部位で形成され、ドメインサイズは数十nmであると推定される。さらにこの蓄積はヒト脳では楔前部(precuneus)において起き始めるが、GM1は細胞内・脳内でも偏在しており、なぜ「楔前部」の「神経細胞シナプス末端」でのみで起きるのかは不明である。
高齢のAß蓄積者(AD患者モデル)と健常者のヒト剖検脳から抽出・単離した脂質成分を再構築した脂質膜を作製し、発症に関わるAßとの相互作用およびAFM観察を行ったところ、確かに楔前部の脂質のみでAßの集合体を形成することが明らかになった[5]。脂質成分をLC−MSで解析したところ、GD1bの存在比率が異なり、GM1以外のガングリオシドの組成の違いによってAß蓄積が引き起こされていることが明らかになった。GM1はAß蓄積に必要ではあるが、他のガングリオシド組成が大きく寄与していることがわかった。
[5] N. Oikawa, T. Matsubara, R. Fukuda, H. Yasumori, H. Hatsuta, S. Murayama, T. Sato, Imbalance in fatty-acid-chain length of gangliosides triggers Alzheimer amyloid deposition in the precuneus, PLoS One, 10(3), e0121356 (2015).
老齢マウスの脳からシナプトソームのラフト画分の脂質成分を単離し、気-水界面を用いて二分子膜を物理化学的に再構成すると、GM1を多く含む膜マイクロドメイン上でAßが球状集合体を形成することを示した[4]。またヒトAß 蓄積者から単離された楔前部の脂質で再構成した二分子膜にAßが多く結合し、その結合は構成する脂質成分組成の比率で制御できることを示してきた[5]。これらの実験で用いた脂質にはGM1を中心とするガングリオシドが含まれているため、Aßが構造変化を引き起こすことは異論がないものの、脂質組成やガングリオシドを含むドメインとの関係性は未知な部分が多い。
そこで我々はGM1、スフィンゴミエリン(SM)およびコレステロール(chol)を含む混合脂質膜でAßの集合および蓄積について検討した(図5)[6]。GM1以外のガングリオシドについても同様に検討し、ガングリオシドによるAß線維化能力を比較した。その結果、ガングリオシドGM1, GD1a, GT1bは100nmを中心に長い線維を形成していたが、GM2やGD1bは短い線維(< 100nm)を中心に形成した。これらは、GM1, GD1a, GT1bが線維化したあとの線維の伸長が速く、GM2やGD1bは遅いことがわかった。
これらの結果は、マウスやヒトで抽出された脂質を使って行われた実験で、GM3は線維化を抑制し[4b]、GD1bの比率も促進/抑制に寄与する[5]、という結果と一致した。
[6] T. Matsubara, M. Nishihara, H. Yasumori, M. Nakai, K. Yanagisawa, T. Sato, Size and shape of amyloid fibrils induced by ganglioside nanoclusters: role of sialyl oligosaccharide in fibril formation, Langmuir, 33(48), 13874-13881 (2017).
ガングリオシドが引き起こすAßの集合機構を明らかにするため、フーリエ変換赤外分光法(FTIR)によるAßの二次構造を解析した[7]。ガングリオシドを含む膜ラフトを模した脂質組成ganglioside/SM/chol (20:40:40, モル比)を累積して平面二分子膜をマイカ上に作製し、Aß線維化の様子をAFMで観察した(図6A)。FTIR測定は高感度反射法RAS(膜の測定)および全反射測定法ATRを行った。
FTIR測定の際はGM1/SM/chol (20:40:40)を作製し、金蒸着したガラス基板に二分子膜を固定化した。固定化した二分子膜とAß(1-40)を相互作用させ、FTIRによる二次構造解析を行った。seed free Aß(1-40)と相互作用させ、FTIRによるAß集合体の二次構造解析を行ったところ、amideおよび関連ピークはAßの相互作用時間に比例してその強度が増加し、Aßが膜に蓄積していることを示した。またamide I付近の二次微分スペクトルを解析したところ、15分でははっきりと見えなかった1635 cm-1および1660 cm-1のピークが48時間以降で高くなり、turnとparallel ß構造の形成が確認された。一方、GlcCerを含む膜による誘起もしくは自己凝集したAßの集合体は1630 cm-1および1697 cm-1のピークが検出され、anti-parallel ß構造が形成することが明らかになった。またFTIRで示されたAßの高次構造変化は、AFMによって観察された線維の形成過程とよい一致を示した。
GM1を含む膜が誘起するAßがparallel ß構造を示す線維状集合体であり、同じ条件で自己凝集するAßのオリゴマーであるanti-parallel ß構造と異なることを初めて明らかにした(図6B)。自己凝集するAßも線維化するとparallel ß構造を示すため、最終の構造は同じ形態をとることがわかり、ガングリオシドを含む膜が存在すると線維化を促進することが明らかになった。
自己凝集でも神経細胞に損傷を与えるAßのオリゴマーや線維を形成するが、ガングリオシドや金属イオンなどの他の因子がこれらの凝集過程に影響を及ぼすことがわかっている。ガングリオシドが誘起するAßの集合化過程を解明することで、アルツハイマー病の発症機構の解明に有用であるとともに、新規な治療法の確立へ向けた展開が期待できる。
[7] T. Matsubara, H. Yasumori, K. Ito, T. Shimoaka, T. Hasegawa, and T. Sato, Amyloid ß fibrils assembled on ganglioside-enriched membranes contain both parallel ß-sheets and turns, J. Biol. Chem., 293(36), 14146-14154 (2018).
(2018年7月)