インフルエンザの早期治療のためには、感染初期における迅速な診断が必要である。しかし現在、臨床現場で使われている迅速に診断できる抗原検出キットは感度が低く、発症直後などウイルスが増えていない段階では診断が困難である。
本研究では、シアル酸含有糖鎖を模倣してHAに結合するペプチドを用いてIFVを捕捉する人工ラフト様膜を開発した。ガングリオシドGM3のようなIFV受容体は、膜ラフトのような脂質のドメイン(直径10〜200nm)に存在し、タンパク質 - 脂質相互作用のためのプラットフォームの役割を果たす。ペプチドとジパルミトイルホスファチジルエタノールアミン(DPPE)からなるペプチド結合脂質(pep-PE)を設計した(図1)。
pep-PEと不飽和リン脂質(DOPC)からなる脂質二重層をマイカプレートに固定化し、原子間力顕微鏡(AFM)を用いてHAとpep-PE / DOPC膜との相互作用を調べた(図2)。HAの結合量は濃度依存的に増えることが示された。
また、IFVのpep-PE / DOPC膜への結合は、ELISAおよびリアルタイム逆転写PCRによって検出され、ペプチド結合脂質がHAおよびIFVの検出のための有用な分子デバイスであることを示した。
インフルエンザウイルスを高感度に検出する電極デバイスを慶應義塾大学理工学部化学科の山本崇史専任講師、栄長泰明教授らと共同で開発することに成功した。
電位窓が広くバックグランドが低い特徴を持つダイヤモンド電極(ホウ素をドープしたダイヤモンド)(boron-doped diamond, BDD)にウイルスを捕捉するペプチドを修飾することで、少ないウイルスの粒子数(20 pfu程度)(pfuはプラーク形成単位)を検出することが可能であることを明らかにした。また電極に修飾するペプチドはウイルスがヒトに感染するときに使われる糖鎖受容体を機能的に模倣するよう設計されていることから、どの亜型のウイルスも検出することが可能であった。
今回開発された電極デバイスを用いることによって、流行する亜型に左右されることなく、抗インフルエンザ薬の投与が有効な「発症してから48時間以内」での診断が容易になることが期待できる。毎年流行する季節性ウイルスの他、パンデミックが危惧される新型ウイルス(高病原性ウイルスを含む)の迅速診断への実用化が期待される。
[1] Teruhiko Matsubara, Rabi Shibata, and Toshinori Sato, Binding of hemagglutinin and influenza virus to a peptide-conjugated lipid membrane, Front. Microbiol., 7, 468, 9 pages (2016).
[2] Teruhiko Matsubara, Michiko Ujie, Takashi Yamamoto, Miku Akahori, Yasuaki Einaga, Toshinori Sato, Highly sensitive detection of influenza virus by boron-doped diamond electrode terminated with sialic acid-mimic peptide, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 113(32), 8981-8984 (2016).
(2017年作成)